許されるなら、まだ傍に



 扉を叩かれる音に、綱吉は顔を上げる。
「はーい?」
 間延びした間抜け声に、応じるように開くのは重厚なオーク材の焦げ茶の扉。
 その向こうにいるのは。
「ヒバリさん、リボーン」
「やあ、草食動物。馬子にも衣装、って感じだね」
「…それ、褒め言葉じゃないって知ってますよね、ヒバリさん…」
 そしてオレは沢田綱吉です。
 開口一番いつも通りの綺麗な笑みで言われた言葉に綱吉は、思わずがくりと肩を落とす。
 ボンゴレ十代目の襲名式を明日に控え、綱吉は現在、衣装合わせの最終チェックを終えたところ。
 素人目にも仕立てのよさの窺える淡色の細身のスーツに、裾の長い黒のマント。どこか古めかしいその服装は、確かに着慣れないせいもあり明らかに衣装負けしているのは当人の目にも明らかだったが。
「だって明らかに服に 着られてる よ、君」
 ねぇ、赤ん坊、と。
 雲雀は早々に部屋のソファへと移動したリボーンに首を巡らせ話を振るが、返る赤子の高い声はない。そのことに、雲雀は微かに眉間に皺を刻んで。
「ねぇ。まだ喧嘩してるの、君達」
「や、喧嘩ってゆーか、アイツが拗ねてるだっ…」
 ガウンッ!と。
 言葉の途中、何の前触れもなく綱吉の頬を掠めていった、鉛の弾。部屋の中、微かに漂うような硝煙の臭い。
 狙撃手、なんて見ずとも分かる。
「…け、なわけないですよねあははー…」
 引き攣った表情で乾いた笑いを浮かべれば、案の定、落とされる呆れに満ちた雲雀のため息。そのまま、優雅とも見える仕草で伸びてきた白い指先が、思い切り見目を反する強い力で低い綱吉の鼻を抓み上げて。
「い、ったたたた!イタイイタイイタイれすヒバリさ…っ!!」
「明日までにその不っ細工な顔どうにかしときなよ」
 じゃないと、舐められるよ。ただでさえ舐められきってるのに。
「赤ん坊も、ね」
 ふ、と吐息だけでゆるりと笑んで。
 もう用事は済んだから、と雲の名の象徴する通り気紛れな風情で、入ってきた時と同じような気安さでひらりと雲雀は踵を返し、綱吉の部屋を後にした。



「リボーン」
 出会った頃に比べればきっと少しは低くなった、それでも男性のものというには低くなりきらなかった少年じみた高さを濃く残した声。あまりに長い時間を一緒に過ごしているせいで、果たして本当に変化しているのか、リボーンには確とは分からないけれど。
「ねえ、リボーン?何か喋ってよ」
 リボーンが大人しいと、調子が狂うよ。
 返らない答えに焦れるように拗ねた声音。それでもソファに座るリボーンの背後から動かず、正面に回ってくるようなことはしない。
 その、今更にどこか怯えるような雰囲気に、リボーンは短く舌打ちをして。
「騒がしいのはいつもオメーだぞ。つい先日は真夜中に夜遊びに行くかと思えば堂々と家庭教師を脅してくれてたしな?」
「ぅう…悪かったって…。時間なかったんだよ。実際に髑髏、危なかっただろ?それにボンゴレ就任前後のドタバタしてる時が一番動きやすかったんだよ」
 就任後、は絶対身動き取れないんだろ?
 窺うように小首を傾げてくる様はひどく子供じみていて、まさか明日からイタリアンマフィアの頂点に立つなどいったい誰が見抜けるだろう。
 そんな、変わらないといえばいつまでも変わらない相手に、リボーンは鋭く一つ、視線を向けて。
「前もやることだらけなんだよ。ボンゴレとマフィアを舐めんなよ」
「…それはもー痛感してます…」
 ここ数日の目の回るような忙しさを思い出し綱吉は身を縮込める。何せ、あのリボーンをして説教を後回しにしたくらいなのだ。(代わりのように冷戦状態だったわけだが)
 ごめんなさい、といやに素直に謝る少年は、きっと本当に謝るべきこと、リボーンが何に本気で怒っているかを絶対、全く分かっていない。それでもきっと、最後にはため息一つで受け入れてしまうだろう自分が想像できてしまって、更にリボーンの苛立ちは募る。
「しかも、式の日取りの繰上げだと?馬鹿にしてんのかテメー」
「してないしてないしてないですっ!!ていうか、日取りはお前が勝手に決めたんだろー?」
 まあ、お前に丸投げしてたのはオレだけどさ。
 あっけらかんと。
 まるで何も考えてません、という風に返される声に、リボーンの眉間が微かに寄り。
「テメー…何考えてやがる?」
 突然にマフィアを継ぐことを決めた少年。
 それが、その持てる力を以って、守れるものを守るためだというのは分かるのだけれど。
 それでいて、就任前から復讐者に喧嘩を売るわ、就任もまだだというのに自らの一存だけで埃を被って腐っていたよう特赦などという制度を引っ張り出してくるわ、この土壇場に霧の守護者を解任してみるわ、何をしたいのかさっぱりなほどやりたい放題である。
 まるで。
 ―――そう、まるで。

「何、って、プレゼントだよ」
 バースデイプレゼント。

 暗く深く沈みかけた思考を、まるで切り裂くような底抜けに明るい声。その声に、リボーンは思わず振り返って。
「は?」
 思わず間抜け声を上げたからといって、一体誰が自分を責められようか。そんな奴がいたら、まず間違いなく愛銃を突きつけてやるが。
「は、じゃないよ。十月十三日。リボーンの誕生日だろ?だから、ボンゴレ十代目をあげるよ」
 にこり、と笑って。
 飴色の瞳と幼げな表情でいつものように穏やかに笑って、そうして言われた言葉、は。
「お前のために継ぐわけじゃないけどさ。気持ちの問題。オレにとって、お前はすごく特別だから」

「ありがとう、はじまりをくれて」

 だから今度は、オレのはじまりをお前にあげるよ。





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