その未来に僕は居ない



「…あ」
 ディスプレイ上に映し出された映像に、千種は思わず声を上げる。
 目の粗い、横線の飛びまくっている画像はお世辞にも画質はよくないが、それでもそこに映し出される光景が何を表しているのかくらいは分かるもので。
「どーしたびょん?」
「…これ」
 隣に座る犬が好奇心を剥き出しに覗き込んでくるのに、千種は少しだけキーボードを操作し動画を巻き戻してから指先で画面上を示す。示されるのは、画面の中央程を横切る黒っぽい影。灰色がかって煙ったような背景の中、拡大されたような粗い点で示されるその影の形状は
「飛行機?それが何らって―――あ」
 犬の口が、ぽかんと間抜けに開く。
 灰色の背景に突然咲く鮮やかな橙。
 燃え上がった、黒の影―――恐らくは、航空機。
「さっき緊急速報で入ってきてた。もう俺達の航路から外れるし洋上だから問題ないみたいだけど…」
「何コレ。爆発?」
「…みたい、……だけど、少し……」
 歯切れの悪いその言葉に犬が首を傾げている、内に。
「もしかしたら、この飛行機…」
 確信はない、それはただの予感。
 ふと脳裡に蘇ったのは、ここ数日密やかに流れていたドン・ボンゴレの渡伊の噂。情報屋が密やかに、けれど騒がしく、その渡伊の日取りから乗る航空便までをやり取りしていた。
 その時は、ボンゴレの次期ボスとなるのに無用心なものだ、と思うだけであったが。
「………」
 予感を確かめるべく、千種はおもむろにキーボードを操作し始めた。


* * *


「―――へぇ」
 パソコンの画面を眺めながら、雲雀は面白げに唇の端を上げる。
 流れているのは、速報。飛行機の墜落事故を報じるそれは、同時に幾度も不鮮明な同じ動画を繰り返し流している。
 灰色の背景を横切る影が、唐突に橙に染まって、落ちていく様を。
 日本発、欧州イタリア行きの貨物便だったというそれは、つい先程洋上で爆発炎上、そして墜落したらしい。
「…まさか本当にやる馬鹿がいるなんてね」
 腕を組んだまま、呆れたように雲雀が吐き捨てた頃。
「…ん…」
 その向かい側、眠っているはずの相手が小さく呻いて、身じろぐ。
 上げた雲雀の視線に気付く様子もなく、ぱちりと飴色の双眸を開いた綱吉は、倒していた半身を起こしながら不思議そうに何度も周囲に首を巡らせて。
「おはよう。ようやく起きたね」
 本当にタイミングのいい子だね、と。
 低い美声が揶揄するように、そう告げた。



「墜落事故―――ですか?」
 招かれた、雲雀の隣の座席。
 起き抜けに画像と共に聞かされたニュースに、綱吉は細い眉をわずかに顰める。
「そう。今のところ死者はないそうだけどね。元々貨物便だって話だし、乗員は爆発前に脱出してたらしいし」
「あ、そうなんですか…。よかった」
 雲雀の言葉に綱吉は、ほ、と胸を撫で下ろす。貨物便とはいえ現在航空機で移動している身として、その事故のニュースはタイムリーすぎていささか気分が悪いものだったが。
 そんなことを思っていると、横から伸びてきた雲雀の手がキーボードを操作し出す、
 何だろうと首を傾げている間に、画面上に並べられる二つの画像。
 一つは模型のように鮮やかな航空機の写真、もう一方はぎりぎりまで拡大されたような目の粗い、こちらも航空機の写真―――何とはなしに、墜落したらしい機体の写真だろうな、と悟る。
「どう、思う?」
 操作を終えたらしく手を引いた雲雀の口から告げられるのは、問いのような試すような台詞。
 それに首を傾げながらも、綱吉は思ったままに口を開く。
「…どう、って…。オレは、飛行機とかあんまり知らないんで分かんないですけど…。この二つ、って同じ飛行機、ですよね?」
 首を傾げ、隣を窺うようにしてそう答えれば。
「正解。画像解析の結果でも、九十八%以上一致した」
「へぇ…」
「―――そしてね、こっちの飛行機」
 感心しきりというように綱吉が画面上を見比べているのに、雲雀の指先がとん、と画面上の写真の一方、模型のようなと綱吉が感じた、鮮明な方の写真を突く。
「アリタリア航空所有、機名ボーイング七七四。この時間この場所を航行していた便は、」
 ―――AZ‐七七八九便。
 それはひどく淡々と。
 まるで悪夢のように、現実味なく突きつけられたその低く綺麗な響きの残酷な声、に。
「っ…あ、だって…貨物便、て…」
 目を見開いて、喘ぐように雲雀の言葉に抗じる。
 AZ-七七八九便―――今日一日で、幾度も耳にしたその便名、は。
「そう、公式発表ではそう言っている。でもこれは、間違いなくAZ‐七七八九便だよ。今日―――もう日本時間では昨日、かな。君が乗るはずだった航空便」
「……っ」
 唇を噛み締める。
 今になってようやく悟る―――悟ってしまう。
 自分はいつからこんなに察しが良くなったのかと、数年来の家庭教師の能力の高さを少し呪う。
 雲雀が手配したというチケット。
 そして結局乗ることなく、現在二人だけでセスナに乗っているという、現状。
「―――初め、から。分かってたんですか…?」
 泣きそうに顔を歪めながら、それでも必死に雲雀の瞳を見上げて、綱吉は問う。
 どこか縋るようなその飴色に、けれど雲雀の口から零れる言葉は、どこまでも、硬く冷えて。
「少し違う。分かってたんじゃない―――狙ってやったんだ」
 その雲雀の言葉に。
 一瞬安堵に弛みかけた表情が、その台詞の最後までを耳にして盛大に歪められる。
「わざと情報流して、誰がどういう動きをして、どう出てくるかを見たかったんだよ。そしたら案の定、だ」
 もう少し賢いかと思えば、と。
 呆れたようにそんな言葉を吐く雲雀に。
「そ、んなことのために…っ!そんなことだけのためにっ、あの飛行機が墜落するのを分かって放っておいたって言うんですかっ!?そんな…っ!あの飛行機は、旅客機で、他にもたくさん、人が乗っているのにっ!!」
「まあ、乗っていれば無事にはすまないよね、普通に」
 頬に、頭に。かっと血が上るのを自覚しながら、けれど止めようもなく綱吉は隣に座る雲雀に掴みかかる。
 怒りで目の前が赤く染まる。
 そんなことのために―――突き詰めれば綱吉のためだけに、死んでしまった人達。
 勝手に決めて勝手に実行した雲雀や、恐らくは知っていたはずのリボーンに対する憤りと、何も知らぬままのうのうと安全な機上にいた自分の無力に目眩がする。
 くらりと、一瞬意識が、遠退きかけた時。
「ったあ!?」
 額に走る衝撃。
 一拍遅れて、いたい、と声にならない呻きを上げる。
「人の話は最後まで聞きなよ」
 痛みに涙目になりながら、額を両手で押さえたまま恨みがましく声の主を仰げば、指弾で綱吉の額を弾いた張本人は涼しい顔で。
「乗っていれば、って言ったでしょ。あの便には実際、貨物便程度の乗員―――つまり操縦士くらいしか乗っていないんだよ、始めからね」
「―――え、」
「あの飛行機は貸し切られてた。それから、公式発表も、始めから用意されていたものだ。―――全部、ボンゴレの名を使ってね」
 息を呑む。
 知らされた事実。
 語られる真相。
 それはきっと、金銭だけでも権力だけでも成し得ぬだろう、事柄。
 ボンゴレの名で=B
 告げられたその一言に、ぞくりと背筋がうそ寒く粟立つ。
「ねえ」
「使いよう一つで、これだけのことが、できる」

「君が背負おうとしているのは、そういうもの、だよ」

 その言葉に。
 綱吉はこの事件のもう一つの隠された目的を悟った気が、した。





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