その未来に僕は居ない



「ふぅん?」
 告げた綱吉に、雲雀は興をそそられたというように漆黒の双眸を閃かせる。
 その瞳が映すのは、未だ幼さの色濃い、鼈甲飴の色をした瞳。
 幼い甘さが色濃いくせに、―――浮かべる決意の色は、諦念も悲壮さも乗り越えてしまったかのように、静か。
「君に、貸し、ね。…面白いことを言うよね、君は」
 くすりと、本当に面白そうな、そしてどこかしらやわらかな笑み。見ようによっては、ひどく意味深長にも、とれる。
 その笑みのまま、す、と唐突に切れ長の漆黒が細まって。
「ねぇ。君は何をしにイタリアに行くの?」
 イタリアに向かう、飛行機の上。
 今更といえば今さらに、雲雀の口が紡ぎ出す問い。今更で―――そして、今だから、こそ。
 純粋に、それは雲雀の興味からだ。
 彼の中に六道骸がいない今、彼の返す答えが純粋に、気になった。差し当たって、ボンゴレの名で守るべきものもない現状で、彼の導く答えは雲雀には想像すらつかないものだったから。
 気を失うのか。
 別の言葉を紡ぐのか。
 ―――それとも。
 そんな雲雀の意図を汲んだのか、否か。
 いつもは丸く、子供っぽい印象の強い飴色の瞳がほんのわずかゆるりと伏せられ、どこか大人びた印象へと変わり。
 そして。
「失わないですむ方法が、もうそれしか、なかったから」
「………?」
「アイツを失わないですむ方法が、もうそれ以外に、なかったから」
 告げられる言葉の、その指す人物、は。
 ―――それは彼が失ってしまっているはずの。
「…なんだ。君、もう思い出したの」
 告げる綱吉に、雲雀はどこか面白くないように応じる。いつまで続く茶番かと問うたのは確かに己だったけれど、それでも期待していた答えが得られないと分かってしまえば多少、つまらない。
 そんな雲雀の様子に、綱吉はほんのわずか傾げた顔で、笑って見せ。
「忘れてますよ?」
 実際、今はまだ、思い出す時ではないと告げる何かが己の内を確かに支配しようとしているのだ。それでも、ほんの些細なきっかけ一つで簡単にその名は浮かび上がってくる。
 忘れることなど、適いはしないのだと。
 ぼんやりと定まらない、瞳の飴色。
 切れ長の漆黒のそれを真正面に捉えて、雲雀は問う。
「それは君の選んだこと?―――それとも六道骸(アイツ)の、選んだこと?」
 問いかけに、綱吉の表情はへにゃりと情けなく歪んで。
「―――選んだのは、オレです。アイツが望んで、オレが選んだ」
 そうすることで守れるものが、確かにあったから。
 凪、と呼ぶことで。
 綱吉が、骸の名前を呼ばないいことで。
 そしてそれ以上に、『骸が存在しなかった世界』は、綱吉にとってはひどく優しかったから。
 それは確かに、逃げ、だったけれど。
「アイツの描いた青写真の中に、君の―――君自身の、姿がないとしても?」
「それでもきっと、構わないんだと思います」
 違う、かな。
「構わない、んじゃなくて。きっと、関係ないんです」
 そう言って、夢うつつのまま幼さの抜けた表情が綺麗に微笑って。
 零れたのは嘆息一つ。
 切ないでも辛いでもなく、迷いなく悔しいという言葉を選び取っているというのに、気付かないのは目の前の少年の察しが悪いせいなのか、らしくもなく自分が感情移入しすぎているせいなのか。
 ただ。
 君は?などと重ねて問うた自分が、認めたくはないが六道骸に似ていることだけは分かれてしまう。
 普通の人間ならばきっと思わず引いてしまうような部分でも踏み込んで、追い詰める。そのことに、罪悪感も憐憫も、何も感じることなく。
「オレ、は」
 区切られる言葉。
 何かを確かめるように一度そっと、瞳が伏せられて。

「オレは、いちゃ駄目なんです。アイツの未来に必要ないんじゃない。いたら、駄目。なんだ」
 そうでなければ、彼は生きられない。

 そうして彼はまた、沈んで消えて。
 紅の瞳の暗示に、捕われる。





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