忘れてください苦しめたくない。
終業のチャイムが教室内のざわめきに掻き消され、余韻すらも残さず打ち終わる。そんな中、どこか急いたように一人荷物を詰め終えた鞄を持って、綱吉は少し離れた友人たちの所へ向かう。
「獄寺くん、山本」
「十代目!」
「よー、ツナ。あれ?もー帰んの?」
座席の近い二人に呼びかければ、共に返ってくる笑顔。それに笑顔で返しながら、綱吉は山本の問いに小さく頷く。
「うん。リボーンに早く帰ってこいって言われててさー」
言う通りにしておかないと、何されるか分かったもんじゃないし。
眉をハの字にして口の中で呟く綱吉に、
「ツナってあの坊主に本当、頭上がんないのなー!まっ、坊主も寂しいからたまに遊んで欲しいんだろーなー」
からからと、屈託のない山本の笑顔。
昨夜、嬉々として積み上げられていた課題プリントとリボーンの実態を知る綱吉としては、そんなバカなとしか思えないが、山本の曇りない笑顔を見てしまえば乾いた笑みを引き攣らせることしかできない。
「……そう、だね……。あ、それで、オレすぐ帰るんだけど、二人とも一緒に帰れる?」
少し遠い目になりかけた綱吉は、けれど本来の目的を思い出し目の前の二人に問いかける。
獄寺は当然のように、そして部活を引退した山本も、一緒に帰途につくのが最近の習いだ。いつもは何とはなしにだらだらとしてから教室を出るのだが、今日に限っては綱吉の方に用事がある。
そんな綱吉の問いに、まず真っ先に反応したのは、獄寺の方。
「…っスンマセンっ!十代目っっ!!」
叫びは、盛大な物音に負けないほどの大音声。
騒がしい教室を一瞬沈黙で支配してしまうほどの(しかし一度に注がれた教室中の視線はその音源を確認するなり、平常のことのようにあっさりとそれぞれ元に戻された。高校生は割と大人だ)、盛大に過ぎる音を立てて机と椅子を蹴立てた獄寺は、その勢いのままひどく申し訳なさそうに頭を下げる。頭、どころか平身低頭、すでに土下座の域だったのは気のせいもしくは目の錯覚、だ。
思いながら、綱吉は慌ててしゃがみ込み少しでも獄寺の目線に近付く。
「ちょ、獄寺くん!そんな謝ることじゃないから!」
「本当にスンマセン!俺、今日はちょっと用事があって…っ!」
「うん!分かったから!人間、誰でもちょっと用事が入ることあるよね!だから、お願いだから頭上げてよ獄寺くんっ!」
「十代目…っ!なんてお優しいお言葉…っ!そんな十代目の頼みだというのに…俺…俺……っ!!」
「ちょ、あの、獄寺くんっ?」
頼みじゃなくて質問だし、高校生にもなって一人で帰れないわけもないし、何より頼みというのなら今すぐ獄寺に起き上がって欲しい。
感極まってそのうち本当に涙を流し始めかねない獄寺の様子に、綱吉は途方に暮れる。
どうしよう。
そう思う矢先。
「大丈夫です!十代目っ!!」
「へ?は?何が?」
綱吉の切なる願いが通じでもしたのか、やにわに獄寺ががばりと顔を上げてくる。
顔だけ、ではあったが。
しかし、その上げられた面は怖いくらいの満面笑顔だ。
「俺には、十代目以上に優先すべき事柄なんてありませんから!!」
「ええ!?獄寺くん何言っちゃって…」
獄寺の笑顔に返すうち、綱吉の内でじわりと染み渡るように広がっていく不安。
まさか。
そんなわけが、と思いながらも相手は獄寺だ。
とどまることなく広がる不安に綱吉が言葉を詰まらせている間に、
「大丈夫っス!用事っつってもどーせ大したことじゃないですし!十代目の前じゃ塵に等し……」
「あああああ―――っ!!やっぱりすっぽかす気かっ!!!」
予感的中。
爽やかなまでの笑顔で言い切ろうとした獄寺の台詞を遮り、綱吉は頭を抱える。そんな綱吉をまあまあ、と宥めるように肩を叩く手のひらは、山本のもので、
「獄寺もツナも落ち着けって。獄寺もさ、用事って大事なことなんじゃねーの?」
一度はツナのこと、断ろうとしたくらいだし、と。
椅子に座ったまま首を傾げる山本に、獄寺は強い視線を向けながらも一瞬だけ反論を口籠る。すぐに、俺の一番は十代目なんだよ!と耳を塞ぎたくなるような恥ずかしい言葉が続けられたのだが、その一瞬の沈黙に綱吉自身も首を傾げる。
何とはなしに、引っかかる。
思いながら、本当に何となく視線を動かせば、向かい合う獄寺の肩の向こう、開いたままの教室の前の戸の陰に二人の女子生徒の姿。戸の陰に隠れるように立っているつもりなのだろうが、生憎、綱吉のいる角度からは丸見えで。
その、何の変哲もない日常の風景のはずの女子生徒の姿に、不意に綱吉の脳裏に閃くものがある。
「…あの、獄寺くん」
呼びかけるのは、喧嘩真っ最中の(正確には獄寺の一歩的な押し売りだが)、片割れ。くすんだ銀髪は、その声に、すぐに綱吉の背後から綱吉自身へと戻されて、
「はい!何でしょうか、十代目!」
「あー…うん。あのさ、用事ってもしかして、女の子?」
「え?」
「だから、女の子に呼び出されてない?獄寺くん」
言いにくそうに言葉を続ける綱吉に。
獄寺は、棒を飲んだように固まり。
山本は、え、マジ?と言って目を見開く。
「スゲーのな、獄寺!今月入って何人目?」
「…や、山本も人のこと言えないと思うけど…。じゃなくて!」
「―――あの、獄寺くん」
ひどく困ったような、綱吉の表情に。固まっていた獄寺は、気不味げに視線を逸らす。その様子に、ああ彼も変わったのだ、とふと思いつく。
以前の彼ならば、きっと一も二もなく綱吉の頼みを優先していただろう。女子の頼みを断った罪悪感など持ちもせず。
そんな彼だから、女子からの呼び出しも増えているのだろうか。
受験の雰囲気を間近に感じるようになったこの頃、獄寺に、そして当然のように山本にも、この手の用事が後を絶たない。
この手の――いわゆる、告白、と言われる。
二人とも、その都度、誰に対してもそのつもりはない、と断り続けているようなのに(なぜ綱吉が知っているかと言えば、世事に疎い者にまで聞こえるほどに噂になっているからだ)、それでもなくなることがないのは果たしてどういうわけなのだろうと綱吉などは時々不思議に思うものだが、事実、告白ラッシュはやむ気配がない。そもそも、女子の考えることなど分かろうはずもないと既に考えることを放棄している。
何せ、まともに会話したことのある女性など、母親や子供を含めても、恐らく片手の指が余ることはないが、両手の指に足りることはないだろう。そんな自分に、彼女たちの心理体系など分かるはずもない。
それでも、考えてしまうこと。
思ってしまうことは、あるけれど。
だから。
「十代目…。その、スンマセンッ!」
黙ってしまった綱吉に、獄寺は上げていた面を再び勢いよく伏せる。
「うわっ!獄寺くん!別に謝ることじゃないから!!」
慌てて言葉を継ぎながら、綱吉は眉をほんの少しだけ寄せる。
そう。
謝られるようなことではないのだ、自分が。
「謝ることは何もないけどさ。でも、やっぱりこーゆーのはきちんとした方がいーんじゃないかなーと思うっていうか。…やっぱ、大変なことなんだと思うし。そりゃ、付き合うかどうかは獄寺くんが決めることで、オレなんかが口出すことじゃないけど、でも、さ」
「話、だけでも、きちんと聞いてあげて欲しい…っていうか…」
告げる言葉は頼りなく。
段々と、なに言っちゃってんのオレ!?的な感覚に襲われ始めた綱吉は、しゃがみ込んだ体勢のまま深く頭を抱える。
居た堪れなさに、そのままの格好で呻いていると、
「……分かりましたっ!」
唐突に響く、獄寺の声。
それに、何のことだか分からず綱吉は、へ?と間抜け声を上げてしまう。
ついでに上げた顔の正面には、なぜか感極まったような涙顔。
ああ、美形なのになんて勿体ない、と滂沱の涙で顔の造作を全く不明にしている友人に対して現実逃避のように思いながら、こちらもなぜか、いつの間にか掴まれてしまっている両手を振り解くべきか悩む。
痛い。
痛い、が、正直そんな気力もない。
「ご、獄寺くん……?」
「十代目のお優しいお心、この獄寺隼人、しかと受け取りました!本当に十代目は素晴らしいお方ですっ!」
「そ、そんなことはないと思うけど…分かってもらえたならよかった、かな?」
「でも安心してくださいね、十代目っ!!」
両手を握り締める力を強くしながら、獄寺の熱弁に更に力が籠る。
綱吉の視線が限りなく泳いでいるのには、気付く様子もない。
「な、なにを?」
一応礼儀かと思い、視線を合わせないまま問いかけた綱吉に、
「オレは、一生十代目一筋っスから!!!」
正面の晴れやかな笑顔と背中で聞こえる面白げな笑声に、綱吉は少し泣きたくなった。
「…えっと。それで、山本はどう?」
獄寺を見送って。
まだ目元に笑いの余韻を覗かせる相手を恨めしげに軽く睨め上げながら、綱吉は再度同じ問いを口にする。イエスかノーかの二択の答えを聞き出すだけのことだったはずなのに、消費される時間とエネルギーの量の半端なさに最早ため息すら出ない。
そんな綱吉の様子に、悪ぃな、と山本が小さく苦笑う。
「担任に呼ばれててなー。ちょっと時間かかりそうで。ごめんな、ツナ」
「いや、そんな…。別に、一人で帰るくらいで謝んないでよ」
両手を合わせる山本に、大袈裟だなあと笑い返せば、そりゃ獄寺の見てるとさーと更に笑いながら返される。
「アイツ、本当にツナのこと好きなのなー。一途っつーの?」
「…それはちょっと、違うと思う…てか、思いたい…。オレも獄寺くん好きだし、嬉しくないわけじゃないんだけどさー…。あ、それよりこの時期に呼び出しってことは、推薦のこと?」
いっぱいスカウト来てるんでしょ、と。
少々無理矢理な話題転換は、これ以上獄寺の話を続けることに耐えかねたためだ。しかし、それはあまり触れられたくない場所だったのか、山本は曖昧に苦笑し、
「うーん…。まあ、進路のことでちょっと、な」
濁された言葉に、決まる前の進路なんて確かに他人に、まして自分になんて聞かれたいことじゃないよな、と思い至って綱吉は深く追求することなく、そうなんだ、とだけ返す。
返しながら、口の中で、しんろ、と呟いて。
進路。
進む、路(ミチ)。
思って、連想のように思い浮かぶのは、先ほど見た教室の外の少女たち。
彼女達には、彼女、には。
告げることに、恐怖はないのだろうか。
拒絶を、厭う思いはないのだろうか。
それでもなお告げているというのなら、彼女達の強さにはひたすらに敬服するばかりだ。
自分には、あまりにも告げられないことが、相手が、多くて。
母親、京子、ハル、それから―――山本。
この先、もう十日足らずに迫った未来の、進む先のことすら、告げられていない相手が、これだけいる。
なのに。
「ツナ?」
急に黙り込んだ綱吉を不審に思ってか、心配げに覗き込んでくる山本の顔。
それに、何でもないよ、と笑い返して、
「ほら、早く先生のトコ行かなきゃ」
にこり、と笑って、対する相手の方を少し強めに押す。
それでもまだ、どこか腑に落ちないようにちらちらと振り返ってくる山本に笑顔を返し、どこか躊躇うような背中を押して、
「行ってらっしゃい」
また明日、ね。
教室の戸の前。
未だ躊躇う素振りを消さない相手の背を叩いて、綱吉は笑う。
笑い、続ける。
そうでなければ。
「…なー、ツナ」
山本の、声。
振り返った山本の精悍な顔立ちの中、強い意思を宿した黒の双眸が思いのほか深刻な色を浮かべて綱吉を顧みていて。
「、え、なに?」
「…何か、さ」
「…?」
「……」
「山本?」
「何てーか…。俺、何かしたか?」
「…へ?」
「ツナ、何か俺に言いたそうだ」
ずっと。
続けられた、言葉。
『ずっと』。
その言葉が指す正確な期間など、もうきっと、昔過ぎて思い出すことすらできない。
自分も、恐らく山本、も。
昔といっても長くてたかが数年―――けれど、幼い自分たちにとっては圧倒的な質量と熱量の。
それでも、それを訊ねられた、ということは。
今、それを訊ねられたということは。
「ね、山本」
「…ん?」
「明日、話す。…必ず、話すから」
今日はまだ、友達でいさせて。
声に出せない言葉の続きは胸の内に押し込めて、自身でも情けないと分る笑みを無理矢理に浮かべて。
「また、明日ね」
「…おー。また明日、な」
気持ちのいい笑みと共に、続けられたその言葉が。
その言葉が、これほど嬉しかったのは。
山本と初めて話した日、同じ言葉を貰った日、以来だ。
まだ、話していないこと。
伝えていないこと。
山本には、まだ。
山本にだけは、まだ。
イタリアへ行く、その理由。
行ったこともないその国で、綱吉を待ち受けているもの。
じわじわと自分の周りを取り囲み、埋めて、終いには道一筋を残して綱吉の周りを埋め尽くしていた。
選び取ったと、言えるほどに自分が強くないことに、綱吉は気付いている。流されたというつもりはないけれど、選んだと言い切れるほど、そこに明確な意志はなく。
周囲に、想いに、流され。
選び取ったのは道でなく、ただなくせないと思ったその、感情。
それでも選んだ、道。
進む、世界。
イタリアンマフィア。
コーサ・ノストラ。
黒社会。
社会の闇。
それを構成する勢力の内、最大とも言われるボンゴレファミリーの、ボスの座に就くというその道のこと。
綱吉はまだ、守護者の内では唯一、山本にだけは伝えていない。
獄寺とランボ、それから骸は、元々そちら側の世界から来た人間だ。立場も経緯も全く違うけれど、それでも綱吉以上に、綱吉の歩もうとしている世界を知っている人達。
了平と雲雀には、彼らが三年生だった夏、つまりは丁度一年程前になる頃に、事の始めからをそれぞれに伝えた。―――リボーンに無理矢理、伝えさせられた、とも言える。正直、了平はどこまで理解してくれているかさっぱり分からないし、雲雀に至っては非常に不機嫌で(彼の嫌うところの群れのこれまでとこれからを話しているのだから当然と言えば当然の反応だ)、綱吉の方がまともに日本語を話せる状態ではなかったが。
それから、髑髏に関しては、恐らく骸が伝えたのだろう。
初めて出会った時から、既に綱吉をボスと、呼んでいたことを考えれば。
けれど。
山本、だけ。
山本には告げていないわけではない、と。
山本が信じていないだけ、と。
それを言い訳に、目を逸らし、逃げ続けていた、その結果が現在の状況だ。
沢田綱吉の口から山本武にきちんと告げたこともないくせに。
短い人生の内、三分の一近くもの長い時間を親友と呼んで付き合ってくれた山本に、一度として面と向かって、綱吉は告げたことがなかったのだ。
「…今日、だけ」
今日、までは。
ダメツナでいいから、山本の親友という名に、甘んじていたい。
借りた漫画を捲っても、浮かんでくるのはまた明日、と。
笑って告げてくれた、親友の顔と声、ばかりで。
覚悟を、決めなければ。
平穏な日常を、心地好い関係を、壊してしまう、覚悟を。
あの暖かで強い目が、拒絶の光を浮かべるのを、或いは二度と、綱吉を見てはくれないかもしれないのを。
―――受け入れる、覚悟を。
続きを借りるのを楽しみにしていたはずの漫画は、ちっとも面白くなかった。
*
今日は、普通の日だった。
掃除は当番ではなかったし、押し付けられることもなかった。(高校三年にもなればそんなこともなくなってきていたが)
一日最後の物理の授業で当てられ答えることはできなかったが、それはもういつものことである。
お昼は獄寺や山本と屋上で食べた。
―――そう、今日はとてもいい天気で、風が気持ちいい日で。
だから昼食前の古典の授業は、窓際の綱吉には日差しが気持ちよく降り注いで、日本語とも思えない日本語を子守唄にうとうととしていたのだ。それはクラスの大半がそうで、もう諦めの境地であるのか老年の古典教師は注意することもせず、ただひたすらに子守唄まがいの授業を続けるばかりで。
そう考えれば、今日は午後に指された以外はひどく平穏な授業風景であった。
朝も、獄寺と山本と登校して、教室で綱吉をからかった生徒に獄寺が突っかかっていくと言うアクシデントもあったけれど、それを止めるなんてことは、もう日常茶飯事と呼んで差し支えないほどのことで。
だけど京子に会うことはなかった。
それを考えれば、特別いいことも悪いこともなく、本当に普通の日、であった。
昨日も、ごく似たような普通の日であった。
幾度か当てられ、一度だけ答えられた以外は、全部答えられず呆れられたが、課題を出されることはなく。
獄寺が用事があるとかで休みであったが、代わりに教室で山本や、主に野球部繋がりの彼の友人たちに混じってお昼を食べて、少し不思議な気分を味わった。からかわれはするが馬鹿にされるわけでもなく、ダメツナと呼ばれることが常であった綱吉にとって、それは得難い憧れで、そして同時にとても不可思議な、未知なる空気でもあった。
高校に入り、獄寺がいない時に時折味わうようになったその空気は、獄寺や山本と三人で食べる時の、気安いばかりのものではなかったけれど、決して居心地の悪いものではなくて。獄寺がいない時、と限定がつく辺り、何だかんだで彼は恐れられているらしいと思うと、今では慣れてしまった(むしろ彼と比べ物にならないほど恐ろしいものにごまんと出会わされてしまった)綱吉にとってはひどく可笑しく感じられたが。
それ以外、特に変わったことはなく。
最近にしては珍しく、朝少し遅刻しかけてご飯を食べ損ねたぐらいであろうか。
その前の日も。
普通ではあったのだけれど、とても良いことがあった。
高校が異なってしまった京子と、久々に朝、通学路で会ったのだ。
高校が異なっても何だかんだで付き合いは残り、今でも週末などには顔を合わせていたが、制服姿の彼女を見るのは本当に久しぶりで、おはようと声を掛けられただけで、珍しいねと笑みを向けられただけで、舞い上がってしまうのは相変わらずだ。
それだけで、後はどうでもその日一日がいい日になってしまうのだから、京子の笑顔は実に偉大だと、綱吉は思う。
それから。
その、前の日、は。
その前の日、は。
*
呆然と、瞠った瞳が映すのは。
近過ぎる相手の影に何をも映せぬ瞳に、意味も分からず映るのは。
銀が煌く。
紅が揺れる。
揺れて、ひかる。
*
―――その、前の日
は。
*
ゆ ら り
ぎんがひかるあかがひかるひかってゆれる。
ひかって、ゆれる。
―――それきり意識は、暗転して。
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