沈黙の距離に打ちのめされた
「ランボ、起きてる?」
どこかまどろむような意識の淵で聞いた声。
その日、あとはもう眠るだけの二人の部屋に訪ねてきた綱吉の声は、よく知っているのにどこか知らない表情をしていて。
沢田家の伝統―――といっても一人っ子の綱吉しか子供はいないわけだが―――として、小学校に上がった年からランボとイーピンは綱吉と同じ部屋で寝ることはなくなっており、現在は小さいながらも彼らは二人で一つの部屋を使用している。
それと時を同じくするように、綱吉と共有する時間そのものが減ってきていて。
当たり前のように、学校以外の時のほとんど全てを共有していた頃が今では遠くい過去のようだ。―――それがたかだか、数年前のことだとしても。
そしてここ最近、時間以外の『何か』もほとんど綱吉と共有できなくなっていた。それは、気持ちとか景色とか、一緒に暮していれば全てではなくとも多くを当たり前に共にできるはずのもの。
今日は久々に昔に戻ったような一日であったが、本当にここ最近、どこか張り詰めてさえいるような綱吉は、声をかけるのすら躊躇われることが多かったのだ。ランボなどは綱吉に懐いていたから、特にその変化に敏感に反応していたものだ。
勿論、イーピンだって気にしていた。
それでも、ランボより冷静でいられたのはリボーンから少し、事情を聞いていたからだ。
聞いていた、というのは少し語弊がある。綱吉の異変を察知したイーピンが、あの最兇の殺し屋である家庭教師に質したのだ。
はぐらかされ、煙に巻かれて終わりだろうと思いながらの問いは、けれど意外なことに、片頬を上げるニヒルな笑みとよく気付いたな、などという褒め言葉なのか何なのか図りかねる台詞の後、答えを返されることとなった。
綱吉の行く先のこと。
綱吉の決意。
そして、それをランボには告げるなと、言われた。
イーピンの口から伝えるな、と。
―――彼は、綱吉の守護者だから。
そして今、部屋に入ってきた静かな彼の声が呼ぶのは、ランボの名前。
布団に横になって寝たふりをしながら、耳に届く嬉しげなランボの返事。張り詰めていく綱吉に引きずられるように、ここ最近沈みがちだったその声に安堵する気持ちも確かにあったけれど、それでも胸がしくりと痛むのはどうしようもない事実だ。
自分は、綱吉にとってランボほど重要な位置には、いない。
「―――イーピンも、起きていたら聞いてくれる?」
「…っ」
息を、飲む。
「リボーンに聞いたのと同じ話になるから、寝ててもいいいよ。それでも、オレの口から、ちゃんと二人には話したいから。……そんなに長くはならないから」
慌てて掛布を跳ね飛ばすように、布団の上に跳ね起きる。
そんなイーピンの姿に、ランボは驚いたように瞳を丸め、綱吉は気づいていたのかほんのわずか優しい苦笑を唇に刷いて。
「寝ててもいいよ?」
本当に、同じ話になるから。
繰り返される綱吉の言葉に、一人蚊帳の外の状態であるランボだけが不思議そうに首を傾げてイーピンを眺めやる。
その視線を感じながら、けれどイーピンは真っ直ぐに綱吉の、そのひどく透明な飴色の瞳を覗き込んで。
「ツナさんから、ちゃんと聞きたいです」
「……そう?」
困ったように首を傾げながら、それでも綱吉の表情にそれ以上の拒絶の色はない。
別に、もともと拒絶されていたわけではないが。
「―――じゃあ、何から話そうかな…」
窓の外の夜の気配など感じさせない、煌煌とともる蛍光灯の下。
何かを辿るように空へと彷徨わせた視線で呟いた綱吉は、それから、やっぱりこれからかな、と言葉を継いで。
「オレさ、秋になったらイタリアへ行くんだ」
おもむろにそう、切り出した。
* * *
ランボと話して。
イーピンとも、話して。
それから二人分のぬくもりに挟まれて、くっつけた布団の真ん中に収まる。
ひどく疲れたような、それでいて満ち足りた安堵に包まれながら綱吉は、部屋からそれだけ引っ張り出してきたタオルケットをかぶり。
呆気ないほど簡単に襲ってきた睡魔に、身を、任せ。
(眠い、のは)
(もう一度会って、どうしても確かめたいことが会ったから、だと)
―――――届かない。
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