ずっと前から決めていたことだったよ
それはもう、幾年か前の話。あやふやな記憶を辿れば、未だ綱吉は高校に上がるか上がらないかの頃のこと。未だもって、どうしてあの日、あの男が日本を、綱吉の家を訪ねてきたのかなどは分からない、けれど。
―――それは確かに、転機だった。
「ボンゴレは、強大だ」
遠く血の繋がりを持つという、けれど似ているところなど数えるまでもなくないようなかつての敵だった―――今も味方かといわれればそれも疑問ではあるが―――男は、別れ際、おもむろに綱吉にそう切り出した。
何の話だ、と。
小さく首を傾げる脆弱な少年に、男は傷にまみれた面の示す通りの荒々しい姿にどこか似合わない、面白がるような吐き捨てるような、どうとも取れる笑みを浮かべて、続ける。
「ボンゴレ、という組織はテメェが思うより遥かに闇に根が深く、そして醜悪なまでに強大だ。それは、ボスの一言が、その行為が、ことによっては存在そのものだけですら、裏の―――否、表裏に関係なく、その地の法を揺るがすほどに」
シチリアの、大ボス。
州ごとに裏を表を取り仕切る幾多ものファミリーの、そのボスから構成員、州に住まう住民に至るまで、揃って一人の人間に、頭を垂れる。
闇に息衝く伝統。
幾度排除の手が伸ばされようとも、一度として駆逐されることのなかった、鮮やかな陽光の溢れる国に落ちる濃く暗い、影。
影を影のまま、闇の内に沈め続けて光と分けた。
闇。
一手にその闇を仕切るのは、ボンゴレの名を持つファミリーの、長。
―――ドン・ボンゴレ。
「はぁ…?」
対する少年の、気のない返事。
気のない、というより異国の、それも自分には関わりのない裏の世界の話をされたところで、理解が追いつかないのだ。
いくら突然現れた不可思議、且つ異常としか言いようのない赤ん坊のヒットマン兼家庭教師に「お前がイタリアンマフィアの次期十代目ボスだ」と言われようとも、そのせいでやたら増えた、本来ならあまり関わり合いになりたくない類の世界の知り合いたちがそう告げても、あまつさえそれを理由に自らどころか周囲をも巻き込んだ闘いや抗争めいたものが一度ならず起ころうとも、そしてそれらを自ら退けようとも、自分がマフィアのボスになるという自覚など、綱吉にはない。
つまりは、実感など、持てはしない。
ゆえに、訳が分からない。
自他共に認める決して性能のよろしくない少年の脳味噌では、切り出された話の意図もその内容も、理解することはできず。
「……?何の話、ですか?」
首を傾げて、背の高い男を見上げて。
問えば、不可思議な傲慢さを備えた笑みが、深まる。
「こう言えば分かりやすいか?」
「ドン・ボンゴレの就任には、特赦の発布が可能だ」
低い響きで重々しく告げられた内容、は。
「―――とくしゃ?」
けれど、音を辿った平仮名のまま、少年は更に深々と首を横に傾けさせる結果としかならない。
脳内で、漢字変換すらできないそれ。
聞き慣れない、否、聞いたこともない、言葉。
その様子に、ザンザスはさすがに笑みを引いて呆れを顔中に顕わにする。
当たり前といえば、当たり前だ。
いくら年齢に差があるとはいえ、数えるほどしか日本の土を踏んだことのないザンザスの方が、生まれてこの方日本から離れたこともない生粋の―――というには、遡れば男と同じく異国の血が入っているらしいが―――日本人である綱吉より日本の言葉を知っていた、というのはどう考えても呆れを誘うものでしかない。
「…頭悪ィな…。本当に、あのアルコバレーノはテメェに何も教えてねぇのか?」
「いいんですそれで!ほっといて下さい!オレはマフィアのボスになんてならないんですから!」
強く言い切る少年に、ザンザスの鋭い瞳が一度だけ驚いたように見開かれ。それから呆れとも諦めともつかないため息が、一つ。そして、それで気を取り直すように、言葉を重ねる。
「……簡単に言やぁ、ドン・ボンゴレの就任というその事実だけで、ボンゴレ縁の罪人やその罪そのものに対してボンゴレがその裁判権をもってして、罰の軽減や放免を行う」
「……ぇ、?」
「もっと簡単に言ってやろうか?」
「お前が十代目を襲名すれば、その特赦の権限は『復讐者の牢の内』にまでも及ぶ」
―――その後の会話なんて、もう何も覚えていなくて。
別れ際。
最後のその台詞だけが、耳の奥に脳の奥に、張り付いて、ぐるぐると回って、離れることがなかった。
--------------------
next or back