君に疵を残すのが、この手だけであればいい
「悪趣味すぎない?」
はあ、と。
大きな嘆息と共に、降ってくる冷ややかな美声。
いつの間にかパーカーは石畳の上に広がって落ち、目の前にいた綱吉を支えていたはずの手は、咄嗟に自らの右眼を押さえる。
その指の間から、手のひらと顔の隙間から、溢れるおびただしい緋色。力の抜けた逆の手から、カラン、と安っぽい音を立てて転がるのは、無意識のうちに自ら引き抜いたらしい血塗れのナイフ。
一秒にも満たない間に綱吉の手から奪ったナイフで、ひどく正確に骸の右眼を貫いてみせた青年は、今はぐったりと気を失っている綱吉を支えて、渋面だ。
「抜かない方がよかったんじゃないの」
今更だけど、と言って雲雀が示すのは、石畳の上に転がるナイフ。
確かに、少なくとも抜かなければ出血は最小限で抑えられただろうが。
「冗談じゃないですよ。異物感で吐きそうになります。大体、何の躊躇いもなく他人の眼球に刃物突き立てた人間の台詞じゃありませんよ、それ」
「仕方ないだろ。僕は一番手っ取り早い方法をとっただけだよ。その眼がある限り、綱吉は何度でも君を殺そうとするんでしょ」
その度に止めてなんていられないよ、と。
存外にしっかりと受け答えする骸に、面白くもないように雲雀は返す。その内容に、骸は左眼だけをほんのわずか、見開かせて。
「おや、気付いていたのですか?」
「まさか。半分当てずっぽうだよ。ただ、イタリアに来る途中、飛行機の中で綱吉に言われていたんだよ。自分が誰かを傷付けそうになったら、どんな手段を使っても止めてくれってね」
まあ、あの後よく考えてみれば、どうしてあの日、君が綱吉の部屋を訪ねたのか分からなかった、っていうのもあるけれど。
続ける言葉は、骸にとって大した意味は持たないだろう。
分かっていて、独語の調子で吐き捨てられる、雲雀の声。
骸が囚われているのは、そんな雲雀の声ではなく、告げられた、気付いていたのは、綱吉だという、その内容。
その言葉に、骸の眉間が小さく皴を寄せて。
「…全く…。ボンゴレの超直感は、本当にロクでもない…」
「ロクでもないついでにもう一つ、教えてあげる。クローム・髑髏は、ボンゴレの提供した臓器の移植、神経・筋再建術、その他諸々の延命措置を全て拒否したそうだよ」
「な、っ…」
雲雀の言葉にようやく顔色を変えた相手に満足したらしく、漆黒に縁取られた美貌が至極艶やかに笑って。
「これで死ねなくなったね」
* * *
「むくろ、さま…?」
車のドアを開いて真っ先に駆け寄ってきた千種と犬とは対照的に、どこか怯えるように躊躇って、少女は二の足を踏む。
それは生まれて初めて生身で出会うことへの戸惑いか。
それとも、骸の望みを拒否したことへの後ろめたさ、か。
「クローム」
名を呼ぶ。
それは、骸の与えた名前。
その声に、響きに、無表情な少女が幼子のように思い切り顔を歪ませて。
くしゃり、と。
歪んだ目尻を、伝う涙。
嗚咽に震える喉が、ひゅう、とか細く空気を揺らして。
「おかえり、なさい」
告げられた声は。
この世で何より優しく温かな、言葉。
「これで、良かったの?」
いつからだろうか。
雲雀にすら悟らせることなく、その腕の中、意識を取り戻していたらしい綱吉に、雲雀はひどく低い声音でそう問う。
ぼんやりと開いた飴色が映すのは、どこか芝居じみた、ひどく優しいばかりの、骸と、凪と、そして千種や犬の、対面の場面。痛ましげに移ろぐその視線の先には、血を流し続けているであろう、右眼。
今は、幻覚の力を使って出血を抑え隠されているようだけれど。
「……はい」
雲雀の声に、存外にしっかりと返される、綱吉の声。
それに、意外、と声に出さないままに瞳で告げた相手に、綱吉がどこか達観したような苦笑を浮かべて。
「これがオレの、エゴだとしても。骸にとっては、ただ重いだけかもしれなくても」
「髑髏たちがいる限り、骸は生きていけるでしょう?」
それだけでオレは、十分なんです。
―――その結果、もう二度と、オレとの繋がりがなくなってしまったとしても。
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