空転する運命の歯車
「―――で?こんな夜更けにどこ行くつもりだ、ダメツナ?」
に、と。星明りの下、闇に慣れた綱吉の目に至極愉しげで、そしてぞっとするほど底の冷えたリボーンの笑み。
幼い赤子の顔と、ひどくそぐわぬ。
いっそ対極にすらあるはずの組み合わせの、そんな笑み。
その笑みに首筋を冷やしながら、周囲に走らせた視線に取り敢えず雲雀がいないことに安堵する。二人してこんな出鼻で足止めを喰ったのでは、溜まったものじゃない。
思って胸を撫で下ろし、それから改めて黒衣の赤子―――自身の家庭教師と向かい合う。
「リボーン」
「どこへ行くつもりだ、と聞いているんだ」
声が冷える、笑みが消える。その様に、けれど綱吉は小首を傾げるようにして、
「さあ、どこだろう?分かるわけないだろ。オレ、イタリア初めてだよ?」
小さく笑みさえ浮かべながら、返される用意していたかのような台詞に。それに、ひくりとリボーンの口の端が歪んだ笑みに似た形に引き攣る。
ダメツナめ、と口の中で低い舌打ち。
「ロクでもねーとこばっか鍛えられやがって…」
吐き捨てるリボーンに。
「育てたのお前だろー?」
更にふてぶてしく返される、綱吉の声。
それにもう一度低く舌を打ったリボーンは、更に一段声のトーンを冷ややかにして。
「じゃあ、お前は『誰』の所に行くつもりだ?」
この、初めて来たイタリアの地で。
「分かってるだろ?」
その、いっそ直截とさえいえる問いかけに、綱吉は笑みを苦笑へと変える。
初めて踏んだこの地で、綱吉に知り合いなどほとんどいない。
まして夜中に、人目を憚って動いていかなければならないような人物、なんて。
「―――…オレは言ったはずだぞ。復讐者を敵に回すな、と。このまま現状維持が最善だ、と」
「そうだったな」
「大体お前に御せるのか?アイツを」
―――六道骸を。
凍えるように、その名を呼ぶ、声。
あからさまなまでにその声に宿る、嫌悪の色。
気付いていて、気付かない振りで、綱吉は小さく、ひどく透明に笑って。
「ねぇ、リボーン」
「オレも、言ったよね?あの時」
ふわりと、笑って。ひどくひどく、嬉しそうに、笑って。
数年前のあの日と、全く変わらないような声が、全くに同じ言葉を紡ぐ。
「だったら余計に、オレは骸を助けたいよ」
飴色と闇色。
共に折れる気のない強さで、相手の瞳を受け止めて。
満ちる沈黙。夜のしじまに、ほんの微か森の葉擦れの音が流れて。
―――再び口を開くのは、綱吉。
「ねぇ、リボーン」
真っ直ぐに響く、透明な声。
やわらかに、まるで花咲くようにひそりと笑いながら動かされるから、一瞬その手の中にある物を捉えかねて。
ソレ、に。
気付いた瞬間、今度こそ相手に届く大きさで盛大に舌打ち一つ。
「折角育てた十代目、こんなことくらいでなくすのは惜しいだろ?」
星明り。
ぎら、と煌く真新しい刃。
不似合いな手指に支えられた鋭い刃先は、迷わず持ち主の首に宛がわれて。
パーカーの襟から覗く、ほそりとした肉付きの薄い首筋。
鋭い切っ先に圧迫されて、星明りの下白けた肌に淡く薄いくぼみの影。
手を出しかねて苛烈な瞳で睨み据えてくる家庭教師に尚も笑みかけながら、綱吉は続ける。
「だいじょうぶ」
「帰ってきたら、立派な『ドン・ボンゴレ』をやるよ」
だって、お前が見出し育てた生徒だよ?
続く言葉は近付く低い単車のエンジン音に紛れながら。
「あ、そうだ」
単車に向かう足を、ふと、止めて。首筋に刃を宛がったまま振り返る、いつまで経っても変わらないような童顔。
それが、何のことない世間話のように問うてくる。
「特赦っていうのは、今回の場合骸に適応されるものなのかな?」
十代目ドン・ボンゴレの就任。
復讐者に囚われた、霧の守護者。
そこに特赦は施され得るのか。
「ありえねーだろうな。特赦を求めるには骸はボンゴレに縁が深すぎる。ボンゴレでは裁判権を発動できない。何よりアイツはマフィアに身を置きながら沈黙の掟(オメルタ)を破っている」
「だよね」
くすり、と。
小さく笑って、その薄い背は今度こそ雲雀の跨るバイクへと向かった。
走り寄る綱吉の姿を認めたのか、闇の中、過たず雲雀の放り投げたヘルメットを慌てて伸ばした両手で受け取る。察しがついた綱吉は、わずかに重いそれを手探りで頭に被り、黒い車体のバイクのリアシートに飛び乗る。
途端、ぐ、と力を込めてふかされるエンジン。
低く唸り上げるようなその音に反射的に強張る身体に鞭打って、固まったようにナイフを握ったままになっていた手を無理やりに開き、ポケットに捻じ込むことで空手になった両腕を目の前の広い背から腹の方へと回し、必死のようにしがみつく。それがそのまま命綱となると思えば、必死にもなるというものだ。
その体勢のまま低くなりきらない声で小さくお願いしますと呟いた綱吉に、雲雀は呆れに満ちた目をちらりと綱吉へと流し。何だ、と綱吉が首を傾がせ訊ねようとするところで、もう一度強くふかされたエンジン音が響き、咄嗟に目を瞑ってしまった綱吉は、雲雀がその形良い柳眉をほんのわずかばかり顰めたことに気付けない。
そのまま発進したバイクに強張る細い身体が、更に力を込めて雲雀にしがみつく。
縮められた距離に、より強くなる鼻を突くような鉄錆びの臭い。
血臭。
それはほんの微かだけれど敏感な雲雀の鼻腔を擽って。
「―――よく、赤ん坊を出し抜けたよね、君」
エンジン音と風音。
轟々と耳元でなるその音に抗うように荒げられた通りよい声に、一瞬不思議そうに瞳を揺らした綱吉であったが、
「…やー…何ていうかあれ、出し抜けた?出し抜けたっていうか、出し抜かせてもらったっていうか…」
まあ、ヒバリさんもいましたし。
くすくすと、堪え切れないように込み上げ零れる、ひどく楽しげな笑い声。
「結局、リボーンだってオレを甘やかしてるよ」
誰にともなく呟かれた声は、久方振りに聞く、ひどく少年らしい、力の抜け切った声。
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