沈黙の距離に打ちのめされた



 暗い色目の、柔らかなソファ。
 黒曜ランドの跡地の一角にあるそれは、髑髏にとっては最早馴染んだんベッド代わりのもので、使い始めた中学の頃より幾らか成長した身体に窮屈なはずだったが、変えようとも思わないもの。
 尤も、変えようにも他に寝床となるような物など残されていないのも現実だが。
 薄手の毛布一枚ではそろそろ肌寒い朝方。
 最近漸く見られなくなっていた横向きに身体を丸める胎児のような姿勢でソファに横たわった髑髏は、その未だ幼げな面にわずかに苦悶の表情を浮かべる。
 浅く眉間に皺寄せ、薄く開いた唇から喘ぐような吐息。
 吐息交じりの、寝言。
「―――ろ、…ま―――?」
 呻く声音は、朝の空気に儚く溶けて。
 眠りの淵に沈む本人にさえ、届くことは、ない。


* * *


 辺りに広がるのは、ひどく殺風景な風情の、それでも髑髏にとっては身に馴染んだ風景。
 ただひたすらに広がる、碧の草原と高¥く蒼い空、点在するこんもりとしたまるい木々。それらはまるで、絵本の世界のような箱庭の景色。
 その世界の中、一つだけ欠け落ちているのは彼の人の姿だけ、で。
「むくろさま…?」
 呼ぶ声は、高く細く、頼りない。
 溶けそうな儚さ、というわけではないが、どこか芯のない響きは夢のような普遍の風景の中でひどく寄る辺ない色を帯びる。
 夢のよう、ではなく、正しく夢の中、なのだけれど。
 その、夢の創造主たる骸は、ここ数カ月ほど姿を見せなくなって久しい。
 声すら返らなくなったのは、ここ幾日―――一週間以上に、なるか。
 そして今日も、相変わらず返る答えなく。
 やはり、と落胆の吐息を吐くのとほぼ同じく、髑髏はふと、自らの指先へと視線を落とす。
 ふと感じた、冷たさ。
 降り始めの雨の滴に打たれたかのような、気のせいのようで、それでいて無視しがたい違和感。
 導かれるように落とした視線の先は、左手の小指。
 白い肌色の小指の付け根に、色味を添えるようぴたりと嵌められているのは、淡い水色の石を基調とした花のような意匠のビーズ細工の指輪。それはもう一年以上前、夏の盛りに骸と千種と犬、それから綱吉と共に出向いた夏祭りで、骸が買い与えてくれたもの。
 祭りの香具師で取り扱っているような、ちゃちな、ほとんど玩具といって過言でないようなものであったが、まるで哀しい涙のようなひどく綺麗に澄んだ色彩と、何より初めて骸から与えられた『形ある物』であったから、髑髏にとってそれは掛け替えのない宝物で、常日頃から肌身離さず身につけているものだ。
 それは、夢の中の意識にさえ上るほど。
「………?」
 感じた違和感は、自らの感覚を信じるなら間違いなくこの指輪と同じ位置。
 けれど、落とした視線の先、目に映る水色の指輪は普段から目にするものと幾らも変わりない様子で。
 ただ、哀しい涙のような色が、今更になってひどく胸に迫るようなのがどうしようもなく、不思議。
「―――むくろさま―――?」
 呟きは、夢の世界から零れて、哀しく朝の空気を震わせたことなど少女はは知るはずもなく、ただ嘆きも知らぬ人形のような無機質な静謐さで、唯一の名前を紡ぐ。





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