ピエタ・ラクリマ ―黄昏・Ua―
「ボス」
いつかと逆だ。
思いながら自宅に一番近いバス停でぼんやりと佇んでいた少女を見やる。
制服のまま、胸に抱かれるいつもどおりの黒い鞄。
短く揃えられた黒髪が細い首筋でさらりと揺れ、その首筋の白さに綱吉は少し目を細める。
「クローム、さん」
呆然と零れ落ちた名前に、髑髏は無表情を微笑みに似た形に少し緩める。
「心配で、」
真っ直ぐ目を見て、やわらかな表情で髑髏が告げる。
光が落ちた夕方の空気の中で、淡い色の瞳はどこか色味をなくしてその透明な光だけを零して。
ただ、零れ落ちそうな大きさに、見開かれる。
「え?」
「この間、ボスが泣きそうだったから」
心配、で。
真摯なその言葉に、綱吉の薄い肩がびくんと跳ねて。
それから瞠られていた瞳が、大きさはそのままに、けれどどこか痛むような光を灯す。
光だけを映すような、透明な色味の失せたその瞳が。
ただ、痛みだけを映すように。
「ぼ、す?」
「ご、め…っ」
「ボス、」
「ごめ、ん。クロームさん…なんでもない、から…」
「、」
「なんでもない、から…」
呟きながら、零れ落ちる。
頬を伝い落ちる雫が。
その、透明な水の流れから。
髑髏は目が、離せない。
「ごめん…」
「なかないで、」
「ボス」
「なか、ないで?」
指を伸ばす。
白い指。
マニキュアを施してはいない、けれど淡い桜色を帯びたような爪先を。
そっと、綱吉の白い頬に伸ばす。
触れる頬は冷たくて。
けれど、零れ続ける涙ばかりが、熱い。
あつい。
「なかないで、」
唇を、寄せる。
熱い雫に。
それはごくごく自然な、しぐさ。
動物が、稚いこどもを宥めるような。
我が子を守る、母のような。
ひどく、自然、な。
「なんでもするから、なかないで?」
「クロームさん、は」
「やさしいね」
呟き。
聞き覚えのある呟きは、夕闇の中いつかも聞いた言葉。
「やさしくないわ」
「やさしくは、ないけど」
「ボス、ねがいごとはなに?」
頬に寄せた唇。
そのまま耳元に寄せられて、惑わすように耳の奥に滑り込まされた言葉は綱吉にだけそっと、届けられ。
「っ、わかん、ない…っ」
「わかんない、けど」
「一度だけ。こんなこと頼むの、一度だけ、だから」
「むくろにあわせて」
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