ピエタ・ラクリマ ―虹―
「骸?」
さあさあと、音ともいえない音で降りしきる、細かな雨に景色がけぶる。
並盛の、校門。
その前に、溶け込むように佇んでいた不思議と華やかな雰囲気の青年に、綱吉は驚くように瞳を見開く。
その姿の珍しさにばかりでなく。
行き過ぎる生徒が誰も気付かぬ様子なのに、並盛の風紀を取り締まる上級生が、出てくる様子がないのに。
「お久し振りですね、沢田綱吉くん」
振り向いた瞳が、にぃ、と笑みに細められる。
かくりと首を傾げて見据えてくる少年に、綱吉の背を滑り落ちる冷たい悪寒。それは少年に邂逅するたび、綱吉を襲う感覚。
「どう、したの?」
「いえ?特には。…そうですね。君に会いたくて、というのは?」
「…物騒すぎるよ。それに、オレに会って、どうするの」
薄く。
その白い眉間に、浅い皺を寄せて。
「骸。なぁ、どうした、の?」
綱吉の、その言葉に。
笑みを模った骸の表情は、ただ穏やかなまま揺らぐ風もなく。
「雨が上がりましたよ」
くすり、と。
小首を傾げて、綱吉を流した視線にかける。
さらりと流れる青味の強い黒髪が二色の瞳を薄く覆って、その幕越しに骸の瞳が綱吉を映す。
「…そうだね」
歩き出した骸の背に従って、綱吉も歩き始める。
一瞬流された視線はすぐに雨上がりの空に戻されて、綱吉も何とはなしにそれに倣う。
きれいな、青空。
目に眩しいような、透明な青が頭上に広がって、どこか泣きそうな心地。
「いい、天気」
「通り雨でしたからね。これで虹でも出れば、風情もあるんですが」
「ふぜい?」
聞き慣れない言葉を、綱吉が少し首を傾げながら口の中で転がしてそれからもう一度空を仰いで。
「にじ。…うん、出たら、きっときれいだね」
そういう意味、だよな?
軽く首を捻って胸の内で呟きながら、綱吉は小さく笑う。
何だか少し、愉快で。
ひどく平和な言葉を、骸と交わしているということが、、どこか。
「虹のふもとには、宝物が眠っている、ですか」
「なに、それ?」
「おや、聞いたことがないですか?君たちが好きそうな話なのに」
「お話?へー」
聞いたことないや。
首を傾げて記憶を辿るようにしていた綱吉は、暫くして諦めたように首を振る。
「どちらかといえば西洋のもの、だからですかねぇ…」
「そうなんだ」
虹のふもと。
口の中で繰り返しながら、綱吉は小首を傾げる。
虹のふもと、というものがぴんと来ないのだ。
どこか、それは。
辿り付けないような、先のよう。
「辿りつけない場所、ですよ」
骸の声。
綱吉の心の声に応じたように響く声に、綱吉は驚いて目を見開く。
「たどりつけないばしょ、」
「そう」
虹のふもとは、辿りつけない。
それは、手に入らない希望の象徴。
「お前、は」
「おまえは、なにが欲しいの?」
どこか呆然と、呟かれた綱吉の言葉に。
「一つ、忠告です」
骸が空を見つめたまま、笑みの形の唇で言葉を紡ぐ。
「あの子に。…クロームに。手出しをするなら、僕は容赦しません」
「ボンゴレでも、アルコバレーノでも、…君、でも。あの子を傷つけるようなら、」
「僕は、容赦はしない」
空を見上げる瞳は穏やか。
やさしいまでに穏やかな笑みに瞬間見蕩れながら、大きく瞠られた綱吉の瞳は次の瞬間何かを堪えるように伏せられ。
「わかってるよ」
それはあの子が、お前の手の届かない宝物だということ?
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