花びらが触れるより強く
「ボス、大丈夫…?」
骸に引き摺られるように戻った祭り会場。
戻った二人の姿を見つけた髑髏が、すぐに駆け寄って仰ぐようにその大きな瞳に心配の色を湛えて綱吉を見つめる。
しゃら、と。
微かな音を立てて、簪の飾りが涼しく揺れる。
「大丈夫だよ。心配かけてごめんね」
小さな苦笑交じりの笑みと共に綱吉が返せば、
「…よかった」
表情こそ変わらないものの、髑髏は安心したように詰めていたらしい息を吐く。
黒々と澄んだ綺麗な隻眼が、真っ直ぐに綱吉の姿を映す。
少し離れた所には、千種と犬の姿。面白くもなさそうにこちらを見やる様子に、綱吉は曖昧な笑みをへらりと向けてみる。
――案の定、無視されるが。
「……え?」
ふと感じる、温かな力。
骸に掴まれている手首とは逆の手に感じたその温もりに、綱吉は驚いて視線を髑髏に戻す。
綺麗に澄んだ黒の瞳。
細い首筋から肩のへと続く線と、肌の白を引き立たせるような紺地の浴衣。
目を引く、紅の華。
そして、綱吉の手を握り締める、小さな手のひら。
「…髑髏?」
「………迷子に、ならないように」
思わず首を傾げれば、どこか戸惑うように訥々と返される、あまりにもと言えばあまりにもな台詞。
しかし、実際迷子ではないにしても一度はぐれた身としては、あまり強く断ることもできず。
「ありがとう」
情けないような小さな笑みと共に、けれど素直な気持ちでそう返せば。
一度瞬いた後、髑髏はその幼いような面にほんの小さく笑みを咲かせた。
***
「…あの、ですね。………骸?」
祭りは、たけなわ間近の盛況ぶり。ゆえにその喧騒の中、知り合いでもない限りその中の個を見ている人間などほとんどいない。
だからそれほど、周囲の視線は痛くはない。痛くはないが、それでも。
「なんですか?」
夜の中に咲く花のような明るい夏祭りの風景の中、さらりと紺地の浴衣を纏って優雅に歩いていた青年は、隣からかけられたおずおずとした声に薄い笑みで首を傾げてみせる。
胡散臭い。
その姿を見上げる隣の綱吉は、飴色の瞳にありありと不審のを浮かべる。
「…手、離してくれない…?」
並んで歩く、骸と綱吉。
それだけなら構わなかったのだが、祭り会場に連れ戻される際に掴まれた手首は、いつの間にか手を繋ぐ形となっていて。
男同士で手を繋いで祭り見物、なんて真っ当な感覚を持つ綱吉からしてみれば、恥ずかしいを通り越して気色が悪い。いろいろな意味で寒すぎる。
ついでに周囲の目も気になる。
しかし、力尽くで振り払おうにも、反対側の手には髑髏のやわらかな手のひらが収まっていて。
「何でですか?」
躊躇うように告げられた綱吉の言葉に、返される骸の言葉はどこか面白がる響き。
それを半ば以上予想していた綱吉であったが、やはりそう返されると少しどころでなく泣きたくなる。
男同士で手を繋いで、それで放してくださいと言った相手に何でですか?
そこから説明しなければならないのか、と骸の一般常識の欠如っぷりに綱吉は泣きそうに頬を引き攣らせる。
「いやだって、変だろ?手繋いでるなんて。そりゃ、親子とかカップルとかならともかくさ…」
「君とクロームだって繋いでるじゃないですか」
くつり、と。
甚振る響きを持った、喉の奥での笑み声。
それに本気で泣きそうになりながら、それでも何とか髑髏の方へと顔を向けようとすれば。
「骸様」
ぎゅ、と、力を増す綱吉の右手に絡められている髑髏の細い指先。それから咎めるように、それとも懇願するように、あまい声が骸を呼ぶ。
驚いて髑髏を振り返れば、澄んだ黒の瞳にどこか縋るような色。
「クローム?」
名を呼ぶだけで言葉を続けることなく、ただ骸を見つめ続ける髑髏の様子に、しゃらりと髪飾りを揺らして綱吉が首を傾げれば。
「ボスは、私と繋いでいるの、嫌?」
縋るような瞳が、骸から綱吉へ。
真っ直ぐ上目に見つめてくる瞳に、当然綱吉に否やと言えるわけもなく。
ぐ、と一瞬言葉に詰まり黙り込んで。
「いや、なわけでは、ない。…よ」
白い耳朶を薄く染めながら、しどろもどろに、切れ切れに。何とかそれだけを言葉にした綱吉に。
ふわ、と強張っていた少女の顔が柔らかにあまやかに蕩ける。
笑み、ではない。
けれどまるで花が、綻ぶよう。
多少女子と話すようになったとはいえ免疫などというものはほぼ皆無に近い綱吉は、すぐ間近で飴色の瞳に映されたその様に、白の頬に紅葉を散らすように鮮やかに血を昇らせる。
そのまま二の句を継げず笑みにわずかに足りない少女のやわらかな表情に見蕩れていれば。
「じゃあ、問題ないわけですね」
笑い含みの、低い声。
喧騒の中でも艶やかに響く美声に、髑髏に見蕩れて固まっていた綱吉は別の意味で身体を固まらせる。
そうだ。
元々問題はこちらである。
うっかりと骸に問題を摩り替えられ髑髏に流されかけたが、問題は髑髏と綱吉が手を繋いでいることではなく、骸と綱吉が手を繋いでいる、ということだ。
「…いやいやいや!ないわけないから!問題だらけだから!」
「何でですか?だって、嫌じゃないんでしょう?」
涼しげに整った目元を不思議そうに瞬かせながら、洋藍を含んで見える黒髪をさらりと揺らして骸は薄く笑う。
その見慣れた表情。
芝居がかった、その所作。
けれど間近でみる整いすぎたような綺麗な顔立ちや、不安を誘うような非対称のオッドアイは、真っ直ぐ見つめるにはあまりに刺激が強くて。
一瞬、息を呑む。
流され、かける。
そんな自分に一度強く頭を振れば、耳の横で飾りの奏でるしゃらしゃらと高い音。
「………いや、違う。や、違わないけど、クロームと繋ぐのはいいんだ別に!クロームが嫌じゃないんならだけどさ!けどこれはおかしいだろ!オレと骸はおかしいだろ!だって男同士だよ!?」
なあ!?と。
一方的に繋がれたままの左手を持ち上げて、すぐ後ろを歩く千種と犬を見て、それから反対側の隣で綱吉の右手に手を絡ませている髑髏を見て。
涙目になりながら同意を求める飴色に、千種と犬はわずかに視線を逸らして懸命にもコメントを控え、そして綱吉のすぐ隣を歩く髑髏は。
小さな動物のように黒目がちの大きな瞳をぱちりと一度、瞬かせて。
「…私は、骸様が嬉しいと、嬉しい」
それに、ボスと骸様が一緒にいるのは、すごく嬉しい。
訥々とした、それゆえに嘘の気配なく真っ直ぐな瞳が至極真摯に綱吉の飴色を見つめてきて。
「……………」
その真っ直ぐすぎる言葉と瞳に絶句する綱吉の耳に、、いいじゃないですか別に、とあっけらかんとした、それでも明らかに面白がっていると知れる響きの声。
続けて。
「大体、君いま女にしか見えないですよ」
追い討ちをかける、骸の台詞。
誰のせいだよ!という言葉はとうとう声には出せなかった。
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