世界の何処かで笑っていて



「返せよ……っ!返せ、ったら……っ!!」
 縋りつく。
 窓から飛び降りようとした相手の背を何とか伸ばした腕で捕らえて、引き摺り下ろす。ハイパー状態でもなんでもない綱吉にそれが可能だったということは、骸の体力はかなり落ちていたということだろう。
 けれど、その時その場でそんなことなど思いつけるはずもないまま、綱吉は引き倒した相手の手が絡めて握る、鈍い銀色の鎖を引き剥がそうと奮闘する。
 それはただひたすらに、骸を縛るだけのものだ。
 枷にしかならない、もの。
 ―――それは、骸にとっての綱吉とひどく同じもののように、似ている。
 だからこそ、いらない。
 やっとの思いで解いた手指から、重い鎖を引きずり出す。じゃらりと重い手触りと音で、それは馴染まぬ冷たさを持って綱吉の手の中に滑り込んでくる。
 どうして冷たいのか、なんて。
 骸が握り締めていたのに、どうして冷たいのか、なんて思いも至らずに、必死に奪い返したそれを手に骸から離れようとするけれど、今度は逆に、その手を逆手に引かれて、今まで背に馬乗りになっていた相手に逆に組み敷かれる。
「や…っ!」
「それはまだ、僕のもののはずでしょう?沢田綱吉」
 返せというなら、僕の台詞、と。
 ひどくきつく、睨(ね)めつける瞳はひどく暗く淀んでいて、まるでそれ以外に願いなどないとでも言うように、きつく握り締める綱吉の手のひらの中の指輪を求める。
 綱吉を映す、きちんと両眼揃って見える色違(たが)えの双眸には、ぞっとするような憎悪の色ばかりが、顕わ。
 そんな瞳で綱吉を見るくせに。
 どうしてこの指輪を欲するのだと、叫びたいのは綱吉の方だ。
 喉元に、殺すつもりでない程度の力で圧する指の力でそれを声にすることは適わないけれど。
 いつの間にか明け間近な空。
 いつの間にか組み敷かれ、抵抗を封じるように床の上に押し倒されて。
 帳のようの流れ落ちる見慣れない長さの蒼がかった黒髪が、黎明のようでひどく綺麗だと、ぼんやりと霞み始めた脳で思う。
 危うい。
 飛びそうな、意識。

「       笑、て…っ    …れ、け…っ!」

 抗うように告げた、言葉。
 必死だったからこそ、繕うこともはぐらかすこともできず、剥き出しのままの本音が迸る。
 紛れもない、
 綱吉の望みなんて、目の前の相手に望むこと、なんて。
 この世界のどこかで生きてあってくれれば。
 できたら笑っていられれば。
 それだけ。

 本当にもう、それだけしか、ないのに。

 ぐらりと、酸素不足の頭が、視界が、黎明の光に眩む。
 眩んだ。
 その、陰の奥。

「どこかなら、ここでもいいだろう…!」

 悲痛に、声。
 どこか泣きそうな。
 そう思ったのはきっと、願望。

 浅ましい。

 だからそれを振り払うように、綱吉は喉を圧する力の抜けたのを見計らって、必死の思いで喘ぐ息のまま、身体中に残った空気で叫び上げる。
「だって骸はオレのことが嫌いだろ憎いんだろう……?」
 そうじゃなければ、駄目だろ…っ!?

 そうじゃ、なければ。
 お前はオレの望みを、叶えはしないだろう…?

 言い切ることなく、意識は堕ちて。
 すべてすべて、夢心地のまま。
 黎明の帳に閉ざされた世界で、ふと唇に、小指の付け根に、感じた熱もやわらかさも、皆きっと、夢。


「さわだ、つなよし」

「ねぇ、これは」
「君の『好き』とは、違うんでしょうか?」



「いきたい、だけなのに」








―――そして、暗転。






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ここまでの読了ありがとうございました.オフの方ではその後の話がも少し続きます.機会があればお手に取ってみてくださいませ.(090201発行済)
とりあえずのエンドマークを打てたことに,あやねさん,UKさん,楽しみにしてくださった方々に感謝を.また,鶯崎さま,素敵なお題をありがとうございました.
そして長々と間の空く連載に最後まで付き合ってくださった皆様に,心からお礼申し上げます.
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