進め!進め!マーチにのせて!


What are little boys made of?
     男の子は何で出来てるの?

  Frogs and snails
      カエル カタツムリ

   And puppy-dogs' tails,
           小犬の尻尾

That's what little boys are made of.
        そんなこんなで出来てるさ。



***



「だから、もっとバランスとって、滑ろうとするんじゃなくて歩こうとする感じでー、」

 一面芝生の広がる広場。
 主人がヴァチカンの関係者である、町一番の屋敷の芝生庭園では、昼間からずっと賑やかな声が響いている。
 現在はアフタヌーン・ティー(午後のお茶の時間)を既に過ぎてしまった時刻。
 けれど賑やかな高い声は一向にやむ様子なく、屋敷の内ではハウス・メイド(家政婦)がお茶の準備を調えたまま、のんびりと窓の外を眺めている。
 窓から見える賑やかな声の持ち主達は、現在不在の屋敷主人の一人息子のジャンと、その友人のレオである。
 賑やかな声は、時に悲鳴であり、時に怒鳴り声であり。
 そして何より、笑い声。
 明るい声は、いっそ寒々とするだろう広いばかりの屋敷を、いつも明るく暖かな空気に染める、子供たちのもの。
 悪戯玩具を拵えては年老いたバトラー(執事)やハウス・メイド(家政婦)を困らせ、食べ物をくすねてはクック(料理人)やキッチン・メイド(厨房婦)の血圧を上げ、持て余したエネルギーを発散させてはガーデナー(庭師)の頭を掻き毟らせる少年たち。
 それでも彼ら皆が、愛してやまない。
 ハウス・メイドが眺める窓の外では、彼らを困らせてならない、愛すべき二人の子供が、正しく困らせてならない、こちらはあまり愛すことのできない不可思議な道具の実験を、行っているようで。

「だからー!」
「ウルセェなー!俺にはこのやり方が合ってんの!!」
「そう言って何百回コケたと思ってんだよ!」
「何百回もコケてませんー!」
 ずで。
「あーもーお前本ばっか読んで引きこもってっからだ!インドアだからだ!もっと運動しろよ!!」
「十分してる!大体ほとんど毎日お前と遊んでんだから運動量なんて変わるかよ!」
「何でお前が作ったのにそんな下手なんだよ!」

 賑やかな声だ。
 透明な窓ガラス越しに目を凝らせば、盛大に転んで尻餅をついた形で芝生の上で不貞腐れるジャンと、その横で大笑いしながら悪態をついて、けれど起き上がるための手を差し伸べるレオの姿。
 その二人ともの足元には、靴底に車輪を取り付けた、不思議なブーツ。
 どうやらランチの後からそれを履く練習をしているらしいのだが、1時間もしない内に乗りこなしたレオとは異なり、製作者たるジャンはどうやら惨々たる有様のようで。

「あ、こうか!?」
「お!そうそう!それで、ちょっと外側に向けて足を出してー、」
「外側?こう、…っだあ!?」
 ずべ。
「うぎゃあ!?何で転がんだ!?ってあああ!血!血ぃ出てるからお前!!」
「イテー!!何だよ外側ってー!!」
「いや今そんなことどうでっもいいから!!血!血!!おばさーん!!」

 一際賑やかな声の後、芝生の上を文字通り滑るような足取りでレオがハウス・メイドの見える窓の方へ走り寄ってくる。
「おばさん!救急箱ー!!ジャンが怪我、あいた!」
 ずて。
 その途中、自らも盛大に転んだ金髪の少年に、窓を開けようとしていたハウス・メイドは丸い顔の中の小さな瞳を大きく瞠る。
「レオ坊ちゃま」
 急いで窓を開けて身を乗り出せば、窓のすぐ下の辺りで尻餅をついているレオが見える。
 大丈夫ですか?と声を掛けようとして、けれどそれよりも先に、離れた芝生で声を張り上げたジャンと、跳ね起きたレオが家政婦に声を掛けるのが早い。
「うわ!大丈夫かレオー!!?」
「おばさん救急箱!!」
 重なった声に、小さな瞳をぱちりと一度瞬かせて、ハウス・メイドは小さく苦笑一つ。
 どうやら元気とエネルギーを有り余らせている子供たちには、無用の心配だったらしい。

「はいはい、ただ今」

 既にテーブルの上にお茶の支度と共に用意されていた救急箱を取りに戻りながら、ハウス・メイドの小さな苦笑が柔らかな微小に摩り替わる。

「はーやーくー!!ジャンが死ぬー!!」
「いや、お前が死ぬって!」

 窓の外には、相変わらず賑やかな少年たちの声。
 厨房に、湯を沸かし直すように連絡を入れなくては。
 ポットの中の冷めた湯を思いながら、家政婦はふくよかな体をできるだけ急がせて、救急箱を手に再び窓へと向かった。



***



What are little boys made of?
     男の子は何で出来てるの?

  Frogs and snails
      カエル カタツムリ

   And puppy-dogs' tails,
           小犬の尻尾

That's what little boys are made of.
        そんなこんなで出来てるさ。


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第夜:覚悟と始まり より / 在りし日のジャンとレオによせて.